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Judy 真夜中の偵察手

真夜中に仕事で東海道と中山道をうろうろしています。 ちなみにJudyは彗星という意味です。

中山道65番 愛知川宿

愛知川宿(えちがわしゅく、えちがわじゅく)は、近江国神崎郡にあった中山道65番目の宿場(中山道六十九次)で、現在は滋賀県愛知郡愛荘町愛知川および中宿。愛知川の東岸に位置する。

天保14年(1843年)の『中山道宿村大概帳』によれば、愛知川宿の宿内家数は199軒、うち本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠28軒で宿内人口は929人であった。

元は東山道の宿駅で、『太平記』にも記載されている。宿場町であると同時に近江商人の町でもあった。「びん細工手まり」は、起源は定かでないが、愛知川だけに伝承される工芸品である。

 

 

愛知川と書いて「エチガワ」と読むらしい。

 

仕事の始まりは点呼の後打ち合わせがある。施工図に基づきダイヤと作業区間、作業時間帯や配置と作業段取りの説明、そして現場と幹線立ち入り場所の説明がある。

施工図か簡易図面になっていて、キロ程と橋梁名(すなわち川の名前)や陸橋名なども記入してある。

愛知川と記載してあるとアイチガワと思い込んでいて、え?何で彦根なのにアイチガワ?なんて思っていた。口頭で「エチガワを越えて」とか説明があっても、アイチガワだと思い込んでいるから愛知川だとは認識せず、施工図には載っていない川なのかと思っていた。

愛知川宿の存在を意識した3年目にしてやっとエチガワなのだと認識。

 

彦根インターを降りR8を西へしばらく走ると愛知川の橋が見えてきて、南側の旧街道は愛知川宿だ。古の繁栄の名残が色濃く残っていて豊郷宿にも似ている。

 

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明治天皇降臨の石碑は責任重大

 

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愛知川宿への入り口に不飲川(のまずがわ)橋がある。
平将門の首を刎ねた刀をこの川の水源である野間津池で洗い、川が血で赤く染まったという伝承に由来する。京都の山科区御陵にも、牛若丸や平氏の伝承にまつわる「血洗池」という小さな湧水池がある。湧水の神聖さが血を洗うという「清め」に関係しているのだろうか。

 

旧街道宿場町の雰囲気が多く残っている。

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栄えていた旧街道宿場町には、大正末期から昭和初期に流行ったネオゴシック調の構造物が高い確率で遺っている。豊郷宿にもあった。郵便局、銀行、学校や庁舎など。

 

 

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